bookreview #1  紗倉まな著『最低。』

『最低。』  紗倉まな著  文庫本 角川書店

 

「もう彩乃ちゃんは、みんなのものなんやから」。進学を機に釧路から上京し、家族に黙ってAV女優としての活動を続ける彩乃は、バーで知り合った日比野という編集者に惹かれている自分に気付くがー。AV出演歴のある母親を憎む少女「あやこ」。夫のセックスレスに倦んで出演を決意した専業主婦「美穂」。両親に仕送りをし続ける元ススキノの女「桃子」。4人の女優をめぐる連作短編小説。人気AV女優、紗倉まなの小説デビュー作。

(文庫本背表紙より)

 

手にした理由

 

 AV女優でもある彼女が小説を書いていることは、何かで読んで知っていました。

そしてそれが決して官能小説の類でないことも。

だけど特に彼女のファンでもないし、またどんな物を書いているのかという興味も湧いてこなかったので、買って読むという選択はなかった。

 もともとが読んだことのない作家さんの本を手にすることに躊躇しがちだ。だからどうしても同じ作家さんの本ばかり読んでしまう傾向にある。

 たまに外してしまうこともあるけれど(失礼な話だが)、手にする安心感は代えがたいものがあります。

 

 さてkindleも含めて、Amazonで本を買うと、選んだ傾向からおすすめがメールで届いたり、Amazonのページで表示されたりする。

 本を選ぶ偏屈さを変えたい気持ちも多少は持ち合わせているので、Amazonのおすすめをクリックして内容をチェックしたりする。

 そんな手順だけど、割といい本に出合えることも多い。去年でいえば最大のヒットは、『満月と近鉄』だった。

「出会えてよかった。Amazonよ、ありがとう!」

 本当に素直にそう思った。

 チェックした物をそのまま買い物かごに入れることもあれば、改めて本屋さんで実際に本を手にしたうえで買うことも増えてきた。そう、多少は偏屈さが解消されたかしら。

 

 で、この本もそんな手順で買った本だ。

 

 読む前から多少の偏見はあったかもしれない。

というのも、Amazonのおすすめに載ってすぐに買う気がおこならかなったし、むしろなぜこの本がおすすめに載ってくるのか見当すらつかなかったし、

 「たくさんの本がある中で、あえてこれを選ぶか」

そんな気持ちには少なからず偏見が入っていたからだろう。

 

 ただ、何度かおすすめリストに登場してくると不思議なもので徐々に気になってしまう。それがたとえAmazonの策略だったとしてもだ。

 ちょうど読みたい本が一巡した空白、そんなタイミングで再び表示された時、ポチったのだ。だからこの本を選んだ明確な理由はないことになる、のかな?

 

途中で放り投げてしまった

 去年の11月に買ったのに、読み終えたのは1月10日あたりだった。忙しかったわけではなく(実際にその間に3冊ほど読み切っている)、単に途中で読むのを止めたのだ。それも割と早い段階で、おそらく10ページ前後。

 紗倉まなさんのデビュー作だし、何か賞を取った作品でもない。拙くて当然。だけどその拙さがしんどかった。読み進める気持ちがなくなった。

 脈略もなく変わる展開。それは、まるで子供が話す言葉と同じだ。つまり、本人は筋が通っているつもりなのに、聞かされているほうは前後の言葉をつなげて理解する行為と聞く行為を同時並行に行わないといけない苦行のような表現方法がしんどかった。

 だから放り出した。

 

技法は嫌。けれど、惹かれてしまう。

 

 年が明けて、読むものがなくなったときに再びこの本を手にした。

 もう少し読んでみよう。そんな軽い気持ちだった。一度放り出してるから、また放り出すことになってもなにも惜しくはない。まあ、とりあえず第1章だけでも。

 この第1章は、冒頭に転記した「彩乃」の話だ。

 専門学校に通うために、北海道から上京した彼女がAVの世界に入るくだりは、「軽い」。でもそれは私が50を超えたオヤジだから感じる「軽さ」であって、もう今やその業界も決して後ろめたい感情が付きまとうものではなく、職業選択のひとつにすぎない「軽さ」なのだろう。しかし10代の娘を持つ父親として移入せざるを得ない感情が一度は読み進めることを拒んだのかもしれない。

 

 ストーリーは淡々と流れてゆく。

登場人物はそこそこに多いし、彩乃が「久しぶりに恋する」気持ちを持つ男性も出てくる。AVに出ていることが北海道に住む家族にばれて母親と姉がやってきてそれなりにひと悶着はある。けれどなぜか「淡々」とした空気感の漂うお話だ。いや読者である私がなかなかストーリーに没頭できないが故、字面を追っているだけだからそう感じてしまうんだろうか。

 

だけど、

「家を飛び出す前に見たシーンが蘇ってくる。冷え切った白銀の世界は、ひとりの人間を飲み込もうとしたまま、その形をとどめ、荒々しさを残したまま一時停止している。しかしそれは、つん、とつついたら一気に飛沫をたてて崩れていきそうだ」

 

こんな文章が時折現れてしまうから、その時々に再び向き合ってしまうし、もう放り出せなくなる。

 

 場面の転換が唐突過ぎたり、単語の中に句点を入れることで気持ちを表現しようとしたり、例えば「さよなら、さよ、なら」とか「めんど、くさ」とか、正直この辺りは苦手だ。頭の中の映像を文章に起こしているような表現方法なのかなあ。なんだかそんな印象を受ける。つまり文字ありきではなく映像ありきのような、そんな感覚。

 

 彼女は、紗倉まなさんは、工業系の学校に行っていたように、理系で読書量は決して多くなかったみたいだ。(あとがきを参照)だから蓄積された語彙力は他の同世代の作家さんに比べるとかなり少ないような気がする。それにもかかわらず4つのストーリーを紡ぎ、1冊の本にしちゃったエネルギーは本当に素晴らしい。性に関する経験値、性に関する男女の機微のストックはダントツに多いだろうから、語彙力表現力がそれに追いついてきたら、なんかものすごい物を書いてしまうんじゃないだろうか。

 

 さて、本書は4章、それぞれが4人の女性の名前でできている。でも第2章は『桃子』というタイトルだけど実際には、『石村』という男性のお話だ。第1章から第3章までは、その『石村』さんが登場する。かといって連作というわけではないけれど。

 で僕にはこの第2章が一番心に馴染んだんだけど。それは、男の心情というか感情の機微が理解できたから。その辺がほかの3章とは違うところでしょうか。

 4つのストーリーについて共通しているのは、人間関係、特に近しい人との言葉足らずさ。近しいから言えないのかもしれないけれど、あともう少し言葉を交わしてさえいれば、気持ちを言葉にできていれば、そこまでの寂しさや孤独感を感じなくて済んだんじゃないだろうか。まあ、そこをクリアしちゃうとお話にはならないんだけどね。

 

 一度は放り出してみたものの、読了できてよかった。(「フラニーとゾーイ」なんて放り出したことすら忘れてしまおうと思っているくらいだから)次作なのかな?「春、死なん」というタイトルの本が出ています。Amazonの評価は結構高い。機会があれば読んでみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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